THE OZ SONS STAGE ALBUMN

  

オージサンズはいろいろなステージに上がってきました。自分で上がったのはわずかです。殆んどが人様によって引っ張り上げられたものか引きずり上げられたものばかりです。

結構な数になりましたので、ここでクロノロジカルに並べて見てみることにしました。自分たちでもよくこんなにやったものだと呆れるほどです。(2011/5/25)

スリーグレイセス・コンサート


 1999/11/16 スリーグレイセス・コンサート 日本青年館大ホール 

北島直樹カルテット

ご覧の通りスリーグレイセスに「ゲストで出ない?」と言われてやりました。1300人もお客さんがいました。気持ちよかったです。病みつきになりそうです。

オジサンたちはまさにグレおばさんに大ステージの上に初めて引っ張り出されてしまったのです。このコンサートのためにThe Oz Sonsというグループ名を用意したのです。それまでは「いつものおじさんコーラス」と言われていたのです。これって、いい名前じゃありません?洒落てると思うんだがなぁ・・・

このコンサートでダンディフォーという爺さんコーラスも一緒にゲストで出ました。自分達でセミプロと言っています。よく言うもんだ。日本青年館での面白い出来事。楽屋の控え室がダンディさんたちとお隣でした。声出しの練習を始めたようです。「いざ立て戦人よ」でした。壁に向かって歌っていました。いざ立てと言われて通じるのはわかGだけ。他はちんぷんかんぷん。

オジサンたちはどうしてたかって?みんなで煙草吸ってましたよ。わっはっはっはっはのは・・



Little MANUELA 20周年パーティ


 2001/5/20 リトルマヌエラ20周年 帝国ホテル

リトルマヌエラは5年ごとに帝国ホテルの富士の間を借り切って記念パーティをやってきました。OZSONSの前身のグループが15周年パーティで歌ったのが最初です。


Keep Shining 5


 2001/10/17 鈴木史子 Keep Shinning 5 横浜関内ホール

Keep Shining Orchestra

鈴木史子が自分のコンサートに初めてコーラスを出し物にしました。自分達のThe LureというコーラスとOZSONSと8人の大合唱をやりました。


 2001/10/17  鈴木史子 Keep Shinning 5 横浜関内ホール

The Lureのメンバーは伊集加代、まきみちる、和田夏代子、鈴木史子の4人、現在はこのグループは存在していない。

90年代後半、西麻布にINDIGOというピアノサロンがありました。われわれのコーラスのアレンジやピアノを専属で担当する大原江里子のお店です。1999年のクリスマス会でこの4人がサプライズで2曲歌いました。まきみちると鈴木史子が謀をめぐらしたのです。みちるチャンは始めは渡辺プロからデビューしたアイドル歌手でしたが、芸能界の水が合わず、スタジオミュージシャンとしての道を歩みました。伊集さんとワダカヨはスタジオミュージシャンのバリバリです。2年くらいはライブ活動をしていましたが解散しました。


社会人ビッグバンド都連コンサート


 2002/6/2 東京都社会人ビッグバンド連盟コンサート 杉並公会堂

Big Wing Jazz Orchestra

社会人のビッグバンドの東京都連があり、毎年、コンサートを開催しています。連盟の委員長の小浜賢治さんがOZSONSのホームページを見つけてお誘いがかかったものです。われわれはBig Wing Jazz Orchestraという委員長の率いるバンドのステージに立たせてもらいました。


アイ・ジョージと 2002


 2002/9/27 鈴木史子ライブ All of Me Club

珍しいお客様が偶然に現れました。公衆の前には顔を見せなくなって久しいアイ・ジョージです。All of Me Clubの常連に連れてこられたのです。不思議な顔をして聞いていました。


Sound in Roppongi 2002


 2002/12/23 Sound in Roppongi 俳優座劇場

大原江里子トリオ

1999年2月に六本木界隈のライブハウスが「六本木ジャズクルージング」というイベントを開催することになりました。われわれもお手伝いをしました。パスポート(当時、1万円)を持っていくと、バードランド、ミスティ、リラキシン、オールオブミークラブ、ロスコスモス、インディゴの6店は1週間チャージは無料となります。

それぞれのお店の常連達がキップを沢山売りました。月曜から土曜まで各店選りすぐりの出演者を揃えて1週間やり続けました。面白かったですね。僕らは歌手を2人、峰純子と鈴木史子、ピアニストを1人、大原江里子を連れて六本木の町をクルージングしました。変なおじさんたちです。

3年目のクルージングは、それぞれの店に篭らず俳優座に皆が集まり大コンサートを開きました。当然のようにプロ達に混じっておじさんたちは堂々と歌ってのけました。


世良 譲 復帰ライブ


 2003/3/6 世良譲復帰ライブ 品川プリンスホテル クラブeX

ピ ア ノ:世良  譲
サ ク ス:右近  茂
ベ ー ス:成重 幸紀
ドラムス:木村由紀夫

オージーサンズを大切にしてくれた世良さんが大病をしました。その復帰ライブが3月3,4,5,6日に開催されました。「みんなで応援に行きますよ」と言ったら、「揃ってくるなら歌いなさい」となり、素人の分際で世良さんのピアノ伴奏で歌いました。

ライブが終わって、楽屋で世良さんの3月10日の誕生祝をしてきました。

世良さんは翌2004年2月17日にガンが再発し亡くなってしまいました。一度は復帰し「ガンを子分にしてしまった世良譲」とどこかで書きました。10月にも同じクラブeXでライブがあり、またオジサンたちは歌いました。これが世良さんとの最後のステージでした。僕らにとっては忘れえぬ人です。


ゲソの気まぐれコンサート


 2003/4/28 ゲソの気まぐれコンサート ル・テアトル銀座 

岸ミツアキ(Pf)/青島 信幸(Bs)/猪俣 猛(Dr)/細野 義彦(Gt)
五十嵐明要(Alt Sax)/原田 忠幸(Bari Sax)/北里 典彦(Tp)

ゲソGのマネージャーは藤原さんという私の中学時代からの1年後輩です。グレイセスのマネージもしています。そんな関係から「ゲソの気まぐれコンサート」に出ないかとお誘いが来ました。われわれのような男声コーラスははいて捨てるほどあるのですが、殆んどのグループが合唱団上がりのグループが多いのです。

合唱団で永年歌った人たちにはジャズのフィーリングは先ず無いといっていいでしょう。ジャズ独特のリズムも発声法もまるで違います。彼らにはそれが分かっていません。わかGの50年以上に亘るジャズコーラスの永い経験から断言できる事実なのです。それを藤原という男は見抜いているのです。

プロのコーラスグループを見てもらえばすぐ分かります。彼らは合唱団の枠から出ることはありません。ダークダックスしかり、ボニージャックスしかりです。かれらはロシア民謡や日本民謡を日本語で歌っていれば何の文句もありません。彼らは合唱団で合唱曲を歌って育ってきました。ジャズはフィーリングが違うのです。デュークがジャズコーラスをやるなんて言っている人がいますがそれも違います。彼らはGolden Gateの物真似から始まったので黒っぽく聞こえるかもしれませんが、ジャズは合いません。

藤原の下の名前は忠男というので2人の間では「忠G」「わかG」と呼び合っていますが、「OZSONSは貴重だ!」って本気で言っています。忠Gは正しい!実際、オジサンたちの2人は合唱なんて経験したことが無いジャズ好きオジサン、もう一人は合唱団上がりの合唱人間なのだが合唱で大成しなかったのと、ソロを取る機会が少ないパートなので使える。ただ、譜面を離すことができないという致命的欠陥がある。これは合唱人間のサガというものでしょう。そういう私は合唱団に入りベートーベンからモーツアルトまでオーケストラバックで歌っていましたが、それもジャズコーラスをやりたいが為の音楽基礎を勉強しようと思って数年間はクラシックの合唱を中心にやりました。

しかし、合唱のための発声法が染み付いてしまってちとやそっとじゃ取れなくなりました。ジャズをやるには悪い癖がついたのです。ジャズボーカルの第一人者で親友の沢田靖司のところに通ってクルーニング唱法を習ったのですが何年もかかって合唱団でついたシミを取ってもらいました。言いたかないけど、大変なことでした。今は合唱団のOBたちが一緒に歌おうといいますが、もう出来ません。

ゲソGに「俺達みたいなグループを使わないでも、募集すれば何でも初見で歌える上手なグループがいくらでも応募してくるのに」と言ったら、「お前達がやってくれればいいのだ」と言いました。ちゃんと分かっているのです。

気まぐれコンサートとはよく言ったもので、実際、本番にリハーサルでの打ち合わせと違うことを平気でやってしまうので驚いたのなんのって。そりゃ、いくら打ち合わせたって沢山の曲を歌うのですから、その場になったら忘れてしまいますよ。誰だって。

ゲソGもこの年の9月2日に帰らぬ人となりました。


小川理子リサイタル


2003/10/25 小川理子リサイタル・ゲスト 東京オペラシティ 

ストライドピアノを弾き、歌まで歌う松下電器(パナソニック)に勤めるお嬢さんがいます。今では奥さん。小川理子といいます。関西の本社にいたのですが、転勤で7年間東京に来ました。何と大学は私の後輩です。学科は彼女は電気工学でした。


 2003/10/25 小川理子リサイタル・ゲスト 東京オペラシティ 

小川理子(piano)/小林 真人(bass)/曽我 清隆(trumpet)

マヌエラで月に一度ライブをやることになりOZSONSとは仲良くなりました。会社も太っ腹で彼女の音楽活動は会社に公認された活動でした。そんなライブ活動10年の節目にリサイタルをやることになり、OZSONSはお手伝いに行ったというわけ。


沖縄ツアー


 2003/12/13 BUSENA Harmony X'mas Night 沖縄ブセナCC

大原江里子(pf)
西川さん(bs)
玉城さん(dr)

まこGは沖縄に転勤でいた関係で沖縄で顔が広くなってしまいました。ここは日本プロゴルフ大会もやったことがあるゴルフ場です。名護市にあります。

ここの素晴らしいコテージの宿泊施設に泊めてもらい、ゴルフまでやらせてもらいクリスマスのライブをやってきました。都合、4回も沖縄ツアーをしました。

ライブが終わってブセナ・テラスという海岸のホテルに一杯のみに出かけました。クリスマスのイルミネーションも見られるということです。ラウンジでは大勢のお客さんが、那覇から来た女性ジャズ歌手のライブを聴きながら楽しんでいました。

まこGはホテルの支配人に掛け合って「私達はOZSONSというジャズコーラスだが、飛び入りで歌いましょうか?」って言ったら、何と歌ってよいということになりました。


 ブセナテラスのラウンジ

いやー、バカ受けでした。お客さんはたまげました。支配人は「有難うございます」だって。


オルフェアンズ・パーティ


 2004/4/12 オルフェアンズ・パーティ ウェスティン東京 

The Orpheans

戦前にフラタニティ・シンコペーターズという東京の学生を中心としたジャズバンドができました。その創始者が長尾正士さんです。戦後、オルフェアンズを結成し、その後ブルーコーツを結成した日本ジャズ界の草分け的存在のお爺ちゃまなのです。その長尾さんが1998年にオルフェアンズを再結成しました。

3グレイセスのハンコ(一番右で歌うソプラノ)は旧姓長尾です。長尾さんの姪です。したがって、オルフェアンズのパーティには3Gも込みで出演することになっています。

長尾さんの息子さんはわれわれのジャズ仲間でもあります。そんな雁字搦めの関係からオルフェアンズのパーティにゲストで呼ばれました。このときは、”Paper Doll”と”Day By Day”の2曲を歌ってきました。テナーサックスの芦田ヤスシさんは、われわれがミルスブラザースのPare Dollを歌うので、ものすごい勢いで喜んでくれました。今どき、Paper Dollなんて歌う歌手を見たことがありません。ミルスブラザースが初めて来日したときに、ニューラテンクォーターで芦田さんの率いるフルバンドが伴奏したのです。


B flat ライブ


 2004/11/20 オージーサンズ・ライブ B-flat 

大原江里子(pf)・横山涼一(bs)・木村由紀夫(dr)

自分達でお膳立てしてライブをやったのは、このライブが初めてです。2回目は、翌年にマヌエラの夏枯れ対策に客集めで一度やりました。大セイコー!

回りはやればいいのにと思っているらしい。オジサンたちは珍しいグループです。


カナユニ・X'mas パーティ


The Oz Sons at KANAYUNI, 2004.12.12

元赤坂の老舗ジャズレストラン「カナユニ」では、オージーサンズは何度も飛び入りで唄わされたことがありますが、今年は、クリスマス・パーティで、鈴木史子 & OZSONSとスターライト・ジャンクションという親子のような組み合わせで、という話が夏の盛りのうちから出ました。


マヌエラ・パーティ


 2005/5/22 マヌエラ・パーティ Westin東京

Lighthouse Orchestra

次の年が25周年でまた帝国ホテルで大パーティをやらなきゃならないのに、大パーティをやってしまった。なぜやったのだろうね。最低1万5千円〜2万円はいただかないと足が出る。だから、毎年、毎年パーティをやります、なんて言うと、この店は何を考えているのだとなってしまう。

でも、やっちゃえば何とかなるもんだ。


マヌエラ・夏枯れライブ


 2005/8/8 OZ SONS Manuela Live

大原江里子(pf)・牧島克彦(bs)

8月のマヌエラ夏枯れ対策をホントにやりました。満員になりましたよ。やっぱり、毎月ライブをやっているなんていうグループとは違い、希少価値があるというものです。中田が泣いて喜びます。


Ho'okipa ライブ


 2006/3/22 HO'OKIPA 

カクテル・サウンズ(佐々バンド)

飯倉片町にHo'okipaというもともとはハワイアン系のライブハウスがあります。今ではハワイアン・カントリー・ジャズと何でもやる時代のようです。まこGの従兄の佐々さんのバンドのライブがあった時代があります。この年に4回呼ばれて行きました。


マヌエラ 25周年


2006/5/28 マヌエラ25周年 帝国ホテル 

マヌエラスーパーコンボ

このパーティではOZSONSが鈴木史子を誘って一緒に歌うことにした。5人のコーラスアレンジが何曲か用意されているので心配はありません。

でも、新しい曲をやらないと古びてしまうぞー。


Party's Party


2007/4/1 Party's Party 5周年 Westin東京 

Lighthouse Orchestra

去年の25周年のときに「また、やりたいね」と誰かが言った。その話を傍で聞いていたかつえちゃんが真に受けてウェスティンを予約してしまったんですよ。それで、5月にパーティやって「暮にまたやる」って言うと叱られそうだから、何とか4月まで延ばしてもらった。

キャンセルしたら、キャンセル料金たんまり取られてしまうもんな。


横浜BarBarBarライブ


2007/9/30 鈴木史子・OZSONSライブ 横浜BarBarBar 

大原江里子(pf)  牧島克彦(bs)  八木秀樹(dr)

これは2度目の横浜BarBarBarでのライブ。最初の時は史子さんが階段を踏み外してライブの前に腕の骨を折ってしまった。救急車でことりがついて病院に行った。OZSONSはリハーサルをやらねばならない。

大変なライブになりました。史子さんは添え木で包帯ぐるぐる巻き。それでも歌った。すごい歌手です。骨折して休まずにライブを務めた人の話って聞いたことありますか?


スリーグレイセス・第10回コンサート


2007/10/9 スリーグレイセス・コンサート ル・テアトル銀座 

森寿男&ブルーコーツオーケストラ

グレイセスが22年のブランクを経て復帰してから、98年に復帰後第1回のコンサートを開いたのだが、今回で10回目になった。プロデューサーの忠Gは「これで切りをつけるコンサートにしたい」といって、また、オージーサンズを呼んでくれた。

バックは森寿男とブルーコーツでした。


2007/10/9 スリーグレイセス・コンサート ル・テアトル銀座 

前回出たときはくりGが台湾に服役中で居ない3人の時だったが、今回は4人でやった。グレイセスは3人のままだった。


もりのいえ35周年記念


 2007/11/10 もりのいえ35周年記念 B-flat

大原江里子(pf) 遠山晃司(bs) 八木秀樹(dr)

もりのいえが赤坂の店から神楽坂に移って丸5年、開店してから35年となった。もりのいえに出演するプロ・ミュージシャンや歌うお客様達が集って記念ライブをやることになった。日曜日の真昼間から夜まで延々とやり続けた。


カナユニX'mas Dinner


 2007/12/24 カナユニX'mas Dinner 赤坂カナユニ

大原江里子(pf)  岡村紘志(bs)

カナユニという老舗のジャズレストランが赤坂にある。カナユニの横田さんはOZSONSの鄙びたコーラスを気に入ってくれている。

一人だけ歌わずにボサーッとしている人がいる。おかしいなぁ?ベースの岡村が「くりGが歌っていませんよ」って大原さんに言いつけている。

クリスマスディナーなんかにも歌いに行きました。われわれは素人だからギャラの代わりに、美味しいディナーが出ます。何でも好きな料理を注文できます。みんなサンビッツが好きです。


Goodies Live Party


 2008/2/23 The Goodies Live Party 銀座BRB

鈴木史子の古いファンの先輩がいます。バスケットでは有名な方です。銀座の会員制クラブBRBでグディーズをフィーチャーしたパーティですが、OZ SONSにもお声がかかりました。2009年にも呼ばれました。


バレンタイン・ライブ


 2008/5/15 3ヶ月遅れバレンタイン・ライブ 神楽坂もりのいえ

2月にバレンタイン・ライブをやろうということになっていたのですが、メンバーの母親が亡くなってしまいました。それで3月遅れのバレンタインとなってしまいました。譜面にかじりついてはいけません。

譜面を見ながら歌うのは、合唱団の習慣です。薄物は暗譜しろなんて指揮者が言うことがありますが、組曲のような長いものは大体が譜面を持って歌います。一度だけ、六本木男声合唱団の10周年コンサートに呼ばれてサントリーホールに行ってきました。全員の前に譜面台が171台置いてありました。おったまげました。


Lighthouse Orchestra Summer Live


 2008/7/26 ライトハウス・オーケストラ・サマーライブ 銀座BRB

ここは銀座の会員制クラブであります。ここで時々イベントが開催されます。わかGは「ここで火が出たら焼け死ぬ」と言ってあまり好きくありません。皆さん、何かあったときは、ちっちゃなエレベーターでは駄目です。階段があるのですが、ひどいことにドアには「使用禁止」の張り紙があり、物置き場になっているようです。お客が一度にこの階段に殺到したら怖いです。

実は入り口と反対側に1つ裏通りに抜ける階段があります。普通の客は知りません。私はここに行くとその階段のドアが開くかどうかチェックしています。こんなところで死ぬわけにはいきましぇん。


Bigband Jazz in 軽井沢


2008/9/7 Bigband Jazz in 軽井沢 大賀ホール 

「大賀ホールで歌わないか?」って言われりゃ、誰だって「行く行く」となります。Lighthouse Orchestraが軽井沢でJazzコンサートをやっていますが、2008年はOZSONSが歌いに行きました。

一度歌っておけば、話の種になろうっていうもの。この日はコンサートが始まる直前に滝のような雨が降ってきた。屋根から流れ落ちる水が大賀ホールを水没させるくらいまで建物の回りは大水でした。

やはり、クラシックのためのホールです。マイクを入れたジャズ・コンサートには響きすぎてよくありません。


横浜BarBarBar ライブ


2008/10/4 鈴木史子・OZSONSライブ 横浜BarBarBar 

3度目の横浜です。まだ譜面台が外せないのです。くりGの学生時代からのお友達の北GがBarBarBar1回目のライブの時に怒ったことがありました。「歌詞をちゃんと覚えろ!」

何とBassソロで”Sleepy Time Gal”という洒落た歌なのですが。この曲のアレンジは2003年にできています。


加賀百万石コンサート


 2008/11/15 加賀百万石ツアーIII ホテル金沢

北陸放送に社長で赴任して10年になる白石社長が主催するジャズパーティです。これで3度目ですが、東京からたくさんのマヌエラ軍団が金沢まで出かけていきます。

最初の時などはわかGは大変でした。文部省のお仕事があるので、パーティ当日の4時半に会議を抜け出し羽田までタクシーを飛ばして小松まで飛んでパーティで歌い、翌朝は始発の便で東京に帰ってくるという強行軍でした。バカとしか言いようがありません。

他のみんなはあっちこっち金沢観光して歩いて楽しんで帰ってきたのです。


All of Me Club ライブ


 2009/1/24 鈴木史子・OZSONSライブ All of Me Club

All of Me Clubの金城さんは古い付き合いですが、ライブをやるって言えば喜んでやらせてくれるのですが、黙って今まできました。が、史子さんが「おじさん一緒にやらない?」と言うので、1回だけやることにしました。

お客さんは一杯になりました。金城さんは月に1回でもやって欲しいのですが、やりだすときりがありません。


2009/1/24 鈴木史子・OZSONSライブ All of Me Club  


チーム・ソルトンセサミ チャリティ・パーティ


2009/9/9 チーム・ソルトンセサミ・チャリティ・パーティ ホテルオークラ 

チーム・ソルトンセサミという4人の有名人おばさんのグループがあります。小室知子、加藤タキ、飯野晴子、中尾ミエの4人です。

頭に白いものが混じる年齢ですが、髪の毛染めをしないということが看板のおば様たちです。

ホテルオークラの平安の間に600人のお客様を集めてチャリティ・パーティをやりました。


Lighthouse Orchestra 10周年


2009/11/29 ライトハウス・オーケストラ10周年 東京會舘 

ライトハウス・オーケストラは1999年に結成され、10周年を迎えました。


カナユニ ライブ


 2010/6/26 カナユニ・ライブ 赤坂カナユニ

また、カナユニに呼ばれました。珍しく白い上着など着ています。これ、ユニクロだっけ?まこGの従兄、佐々さんが「何で譜面を置くのだ」とまこGに苦言を呈しました。

パーティなどで歌うのはせいぜい2、3曲ですから、譜面台は置かせません。が、ライブのように10何曲にもなると、くりGは歌詞が出てこないのです。


シュークリームス コンサート


2010/10/30 Shoe Creams Liveゲスト 東京FMホール 

ピアノの大原江里子のもとでコーラスをやるおばさん、Shoe Creamsはめんばーが還暦になると記念ライブを開いています。この年も還暦になるメンバーがいます。

それで、OZSONSをゲストに呼んでくれました。


チーム・ソルトンセサミ チャリティ


2010/12/16 チーム・ソルトンセサミ・チャリティ・パーティ XEX日本橋 

ソルトンセサミのパーティです。「今年もやるわよ」と言うわけ。平安の間では食べ物が10分でなくなりました。くりGだけが早く食べ物を取りに行ってありついたのですが、私は並んでいるうちに食べ物がなくなりました。ボーイに待っていれば運んでくるのかを聞きました。

答は「No」でした。急いで出演者の控えの部屋にある折弁を食べました。

そこで、今年はオープンしたてのXEX日本橋で開催となりました。去年のことを知っている人は、今年はどうなるか心配だったことでしょう。

バックは大原江里子(pf)、横山 裕(bs)、八木秀樹(dr)のトリオでした。


2010/12/16 チーム・ソルトンセサミ・チャリティ・パーティ XEX日本橋  

中尾ミエはSatin Doll、おじさんたちはUntil I Met Youを掛け合いで歌いました。


2010/12/16 チーム・ソルトンセサミ・チャリティ・パーティ XEX日本橋 

タキさんはYou Belong To Meを歌ったのですが、これだけの人前でデビューということでした。私の家で2回練習をしました。練習用の教材などを作ってあげましたが、忙しい人なのによく勉強してくれました。

堂々と歌っているでしょ?


Cafe Space101

東十条


2011/4/23 Café Space101 

鈴木史子ライブがありました。たまたま土曜日に3人が集まっていて「それじゃ、行って見るか」で南北線で王子駅まで行き国鉄に乗り換えて東十条というところです。生れてはじめて降りた駅でした。


もりのいえ


2011/6/18 もりのいえコーラスナイト 

もりのいえにOZ SONS、SHOE CREAMS、MANUELA SISTERSがコーラス・ライブをやりました。


マヌエラ 30周年


2011/9/11  マヌエラ30周年 帝国ホテル 

マヌエラが30周年になりました。5年ごとに帝国ホテルで大パーティを開催してきましたが、今年は330名の客様が参加しました。


鈴木家結婚式


2012/4/29 鈴木家長男龍史朗結婚披露宴  有楽青山 

鈴木史子の長男龍史朗が結婚しました。もう40うん歳になったといいます。お嫁さんは30歳で若いです。お祝いにOZSONSとGoodiesがコーラスのプレゼントをしました。


FJS コンサート


 2012/6/3 FJS(女声ジャズ合唱団)コンサート 渋谷Shidax東京メインダイニング

FJSも結成して10年になりました。この合唱団のお守りをしてきたのは、わかG(director)とくりG(coductor)です。初めてOZSONSが飛び入りで2曲歌いました。FJSの皆さんもお客さんもびっくり仰天の巻でした。

 Female Jazz Singers Official Site


世良 譲メモリアル


 2012/8/24 世良譲メモリアル企画「鈴木史子と仲間たち」 赤坂BIRDLAND

世良さんが亡くなって8年半が過ぎました。久しぶりに世良さんに捧げて歌ってきました。


長厳寺


 2012/10/28 牛込長厳寺「報恩講」アトラクション

わかGの菩提寺では毎年10月最終日曜に親鸞上人の年回忌の集まりがあります。堅苦しいことでは檀家が集まってきません。そこで住職は昼食の後にアトラクションをやることを考えました。昨年はクラシックピアノでしたし、落語の年もあります。

今年はOZ SONSに歌えと言います。お寺の本堂で歌うのは小島家のお母様の通夜の霊前でDreamを歌ったことがありますが、今回は2set、OZ一家の史子さんも当然のように参加、しかも間にマヌエラシスターズの3曲も挟んで大サービスしてきました。

集まる檀家は総じて年配者です。われわれはできるだけその年代の人たちに馴染みの深い曲を選んで歌いました。当然のことながら楽しんでいただけたようです。

マイク無しの生声で人様の前で歌うのは珍しいことです。お寺ならではです。


マヌエラ アフターヌーン コンサート

 2012/12/9 MANUELA Afternoon Concert at Shidax Tokyo Main Dining

マヌエラの5年毎の大パーティでは誰でもステージに上がれません。人数やその他の制約があるからです。そこで、発表会形式のより手軽なコンサートを企画しました。今回はその第1回目の日曜の午後のコンサートです。40名の出演者、10名のミュージシャン、120名のお客様で大盛況のコンサートとなりました。

オージーサンズはおおとりで3曲+アンコール1曲を歌ってきました。⇒ マヌエラサイト


Jazz Bird


2012/12/17 青山 Jazz Bird  撮影:ヒロ川島

久しぶりにJazz Birdに4人が揃いました。この日は史子さん年内最後の日なので応援に行きました。MOFYもJB4も来てにぎやかなコーラス合戦になりました。


もりのいえ


 2013/3/16 草月ホールコンサートのトライアル


All of Me Club


2013.4.21 All of Me Club 飛び入り

久しぶりにAll of Me Clubに4人が揃いました。飛び入りで歌ったら「皆さんはどちらで歌っているのですか?」と聞かれます。ことりが6月のオージーサンズ・コンサートのFlyerを渡したり、チケットも買ってくれるお客さんも。


オージーサンズ・コンサート

最初で最後の自作のコンサート


 2013/6/15 草月ホール


 2013/6/15 草月ホール

これまで自前のコンサートをやったことがありません。そんなこと言っても誰も信じないくらいの話です。でも本当のことです。一度やっておかないと一生できないままになってしまうかもしれません。

お客さんは500名、5月はじめにはチケット完売、草月ホールは超満員になりました。


OZSONS and Girlfriends 


ソルトンセサミ チャリティパーティ


 2013/9/3 パレス・ホテル

今年は5回目のチャリティ・パーティでオークラでのフルバンドのメンバーと再会しました。皆さん、現役をリタイヤされたミュージシャンのバンドでTHE VINTAGEといいます。バンマスは個人タクシーをやっています。


Keep Shining 6


2013/9/23 Suntory Hall


2013/9/23 Suntory Hall


2013/9/23 Suntory Hall

12年ぶりに史子さんのコンサートが開かれました。サントリー・大ホールです。いろいろなホールに出さしてもらいましたが、これで登りつめたという感じです。ストリングスのバックで”DREAM”を歌いましたが、気持ちのいいことこの上無しです。


Little MANUELA Concert 2014


2014/1/18 Yamaha Hall

マヌエラのお客さんへのサービスとしてフルバンド・バックでヤマハホールで歌うというコンサート企画を立てました。OZ SONSの草月ホールでのコンサートが終わってホッとする間もない時期に、ライトハウス・オーケストラの新井ちゃんから、「LHOが伴奏するから、フルバンで歌うコンサートを企画してくんない?」という相談です。LHOのリーダー橋本伸一の腹の中は「マヌエラの応援」ということです。まず、会場探しで港区、新宿区の区民ホールなど出来るだけ安く使える公共の場所から当たりましたが、抽選によって決まります。見事にはずれました。広すぎても狭すぎても上手くいきません。ヤマハホール333座席は最適な広さです。一度見に行っただけで予約して来ました。

企画も煮詰まっていたところで、OZ SONSの小島、清田がそれぞれ舞台監督、コンサートの司会を買って出てくれて万全の体制となりました。みんな大船に乗った気分です。

われわれは大きなコンサートをやったばかりで、今回のコンサートにはエントリーせず、歌う予定は無かったのです。しかし、番外で歌わされる仕掛けが出来ていました。LHOは内緒で”I'll Never Smile Again”の譜面を用意していました。リハーサルも無くぶっつけ本番です。参りましたよ。



De-lovelyライブ応援


De-lovely Live at 代官山 Lezard


2014/6/20 代官山 Lezard

De-Lovelyという美女3人のコーラスが大原門下に生まれました。驚く無かれ、結成したばかりなのに初ライブをもりのいえで開催しました。コーラスのレパートリーはおいそれと増えるものではありません。時間がかかります。しかし、3人はそれぞれのソロ曲やピアノ演奏を交えて立派に初ライブをやりました。OZの3人が覗きに行きました。くりG以外の3人いたので1曲歌いました。

「次のライブにはオジサンズをゲストに呼びます」ということが本当になってしまいました。



代官山ライブ


Lezard Live (2014/11/1)

ピアノ:大原江里子
ベース:横山  裕

6月のDe-Lovelyの応援に行ったら、加藤ももちゃんが「ここでOZSONS LIVEをやってください」となり、1度だけ注文を聞くことにしました。

ゲストにはDe-Lovelyを呼びました。TBSの宇都宮さんがビデオを撮影してDVDにして送ってくれました。



玉川高島屋ライブ


2015/2/13 玉川高島屋アレーナホール

大森史子(pf)        根市タカオ(bs)                 サバオ渡辺(dr)   藤井  寛(vib)


 大原江里子(pf)                                                          

玉川高島屋のアレーナホールで根市さんバンドの大きなライブがありました。史子さんとOZSONSが呼ばれました。

「笑うシニア商会」企画 第18弾 THE大人たちのJOYFUL NIGHT@TAMAGAWAという集まりです。200名を越すお客様で一杯。おまけに誰もべちゃべちゃしゃべる人がいない。みなさん真剣に聴いてくれる。

ライブというより雰囲気はコンサートでした。気持ちよくオジサンたちは4曲歌ってきました。

後輩のじゅんちゃんがいい写真を撮って送ってくれました。(2015/2/13)



Little MANUELA Concert 2015


2015/5/31 ヤクルトホール

昨年に続きマヌエラのコンサートを開催しました。例によってわかGが実行委員長、まこGが舞台監督、きよGが司会を担当しました。来年は、コンサートはありません。35周年記念のパーティの年です。

プログラムがすべて終わり、閉会のおまけに”SH-BOOM”で締めくくりです。



Twilight Sisters Live


2015/12/13 銀座 Cygnus

大原江里子(pf)  横山 裕(bs)  八木秀樹(dr)


Twilight Sisters

トワイライト・シスターズというグループが2年前に結成されました。子育ての終わったお母さんたちのジャズコーラスです。大原江里子のところで一生懸命に練習に励んでします。これが3回目のライブだと言っていました。



Bully's Session


2016/01/21 荒木町Bully's

佐藤有介(B)  緑川 愛(P)  お客様(D)  OZSONS

緑川夫婦が開いた四谷荒木町のBully'sが2016年1月から「お客様Sessionの日」を始めました。ほんごさとこが第1回のMCでOZSONSが誘われました。

ここには犬が3匹います。いずれも処分される犬を救い受けてきた子たちです。




MANUELA LIVE


2016/01/23 OZSONS LIVE at MANUELA

OZSONS              大原江里子(pf)     新井  眞(bs)

マヌエラでは始終ライブをやっているものと思われそうですが、これが2回目のライブです。1回目は2005年8月の夏枯れ対策にやりました。これは大成功でした。



最後のカナユニ


2016/02/03 Fumiko & OZSONS Live at KANAYUNI

元赤坂の老舗レストラン・カナユニはその50年の歴史に幕を閉じることになりました。時代の流れを感じます。

そこで、また横田さんがオージーサンズを呼んでくれました。2004年12月のクリスマス・パーティで初めて出演してから、時々、横田さんがオージーサンズを思い出しては呼んでくれます。我々は素人ですからギャラなどはいただきません。横田さんはカナユニのフルコースにシャンペンやワインもご馳走してくれるのです。



もりのいえ


2016/4/23 もりのいえ

3年ぶりに「もりのいえ」でライブをやりました。お手伝いにMOFY、Twilight Sisters、De-Lovely、Manuela Sistersのコーラス・グループにOZSONS一家の鈴木史子、塩沢家の成美が一緒に歌ってくれました。


MANUELA 35

帝国ホテル 2016/5/1

まこG病欠で2人で歌った

⇒ マヌエラ35


Twilight Sisters 応援

銀座シグナス

2016年12月11日(日)



冬枯れマヌエラ対策

2017.1.21

昨年に続き客の来ないマヌエラに客を入れるためにライブをやりました。トワイライトが揃って来るというのでゲストです。

ついに50人のお客さんを詰め込みました。


Twilight Sisters + Hasegawa

ミエちゃん引っ張り出されました



最後のOZ SONSコーラス

2017/4/28 神楽坂もりのいえ

最終金曜日は「もりのいえ」で鈴木史子の月例ライブでした。