歌と歌手にまつわる話

(87) Good-bye :ゴードン・ジェンキンス問題(その1)

Gordon Jenkins(1910-1984)

「Good Bye」ゴードン・ジェンキンス問題というのが再燃しています。どういうことかと申しますと、

私が半世紀ほど前、最初に聴いた「Good Bye」はベニー・グッドマン楽団の演奏でずっとこれがオリジナルだと思っていました。

ところが出版されている楽譜では演奏の最初の8小節が欠けています。

グッドマン楽団の全盛時代に録音されたもので当時は同楽団のクロージング・テーマとして全米で聴かれていたと想像しますが、この頭の8小節は誰が付け足したのかというのが疑問です。

前田憲男さんから上記のようなメールが送られてきました。今までも国内外の著名なジャズ歌手やミュージシャンなど、いろいろな方からメールをいただきました。

その度に「びっくり」させられるのです。今度もびっくりです。

爵士楽堂は問題の存在すらも気がついていませんでした。聞き流していたのです。しかし、ベニー・グッドマンの演奏を聴きなおして見れば「なるほど」と分るのです。これまで、いい加減にしか聴いていないことがばれてしまいました。この問題について関係のある資料を掘り出すしかありません。「再燃」ということは、以前からこの問題が話題にされていたということです。

何人かの方にお手伝いをお願いしました。ちとやそっとではない、桁外れのジャズ通の宮尾さんと鈴木さん、自身で数え切れないくらいこの曲を演奏して来たクラリネット奏者の清水さん、内外のミュージシャンと親しいジャズ情報通の志保沢さんなどです。

その結果、いろいろなことが分ってきました。


Norio Maeda(1934- )

青木啓著「ジャズスタンダード」には「1934年にゴードン・ジェンキンスはBlue Serenadeという曲を作曲した。これがベニー・グッドマン楽団のトロンボーン奏者レッド・バラードによってグッドマンに渡され35年から演奏された。その後、ジェンキンスが歌詞を書いてGoodbyeと改題した」とあります。

Blue Serenadeの譜面は見ることが出来ませんが、グッドマンの演奏はこれによるものと思われます。また、1935年のBG楽団のレコードにはアレンジはゴードン・ジェンキンスとなっています。

われわれが持っているような市販のGoodbyeという歌譜面は、もともとジェンキンスによって書かれたものが、歌の歌詞がつけられる段階で、カットされたものと推測されることになりました。その真の理由は不明ですが、グッドマンの演奏が先にあり、8小節カットされた歌の譜面は後から出たという順序になります。Good-Byeの版権は1935年となっています。

グッドマンの演奏では、主テーマが20小節+さび8小節+主テーマ12小節という珍しい構成です。これが、歌の譜面では、12小節+8小節+12小節で変則的な32小節になっています。

1935年のレコーディングから晩年の1985年NYでのライブ・レコーディングまで、グッドマンはすべてこのスタイルで演奏し続けました。

30年代から40年代のビッグバンドにささげてレコーディングされ、64年に発売されたDuke Ellington楽団の「Recollections of the Big Band Era」というアルバムにGood-byeが入っています。Johnny HodgesがBenny Goodman "part"をAlt Saxで吹いています。きわめて珍しいことだと思います。例の8小節をあちらではBenny Goodman "part"と言うらしいです。

前田憲男さんは、なぜあの素晴らしい8小節を捨ててしまったのかと残念がっています。

「返す返すも残念なのは、なぜ歌詞の工夫もせずにバッサリ8小節カットしてしまったかです。あれがあるのとないのとでは曲としての価値が全く変わってしまいます」

これは、音楽家としての感覚であり見識であり拘りであります。そして、やるせない気持ちを主張として述べているものでしょう。何とも重みのある言葉です。

まさに「謎の8小節」です。

その切り捨てられた8小節とその後の8小節の対比と絶妙な繋がり方を味わってください。切り捨てられたのは「A」の部分です。この譜面はグッドマンのクラリネットを聴いて採譜したものです。

歌の譜面では「A」はカットされ「B」から歌詞がつけられています。I'll Never Forget You・・・です。

頭の8小節もI'll Never Forget You・・・と同じ文句では収まりが悪いことになります。器楽の演奏の場合と歌詞をつけて唄うときとでは、少々違うんですね。あとから歌詞をつけるのは、易しいようで難しいものです。

清水チョロさんからは、「昔は譜面がなくグッドマンをコピーして演奏していたが、60年代以降にモダンの人たちが何故だか分らないが8小節をカットして演奏をするようになった」というメールを奥さんのふみこさんが送ってくれました。

60年代では8小節をカットした歌の譜面がすでに市販されていたと思います。彼らはグッドマンをコピーしたのではなく、Goodbyeの譜面を見て演奏したのでしょう。

この問題は、結果的にBGが演奏したインスト用のバージョンと、その後、Good-Byeと改題された歌用のバージョンとの2バージョンが存在しているがごとく見える珍しいケースです。インスト用のバージョンはグッドマンの名演奏があまりにも有名になりすぎてしまって、その存在感が強いのです。

前田さんの一通のメールから面白い1ページが書けました。すごい勢いでメールが飛び交いました。一件落着とまではいきませんが、現段階における見解です。 2006.12


Norio Maeda(1934- ), 2007/8/7

それから8ヶ月経ったある日、マヌエラで前田さんご本人にばったり会ってしまいました。前田さんに回答するため骨折ってくれた宮尾さんも一緒でした。前田さんは「ゴードン・ジェンキンス問題」を忘れずにいてくれました。思いもしないサプライズの晩でした。

ピアノを弾くだけでなくスキャットも披露してくれて、天真爛漫な方です。皆さんに好かれるミュージシャンだということがよく分かりました。


この問題が解決されました。(2010/12/15) ⇒ ゴードン・ジェンキンス問題(最終)


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