ジャズと小噺

(13) キーチェンジの失敗談


歌や楽曲にはキー(Key)があります。市販の譜面や歌の本には標準的なキー(調)で書かれています。普通は作曲者が書いた原調で書かれています。

その歌を唄わせる歌手が初めから決まっている場合には、その歌手の音域からキーが決められる場合もあります。女性と男性では4度ないし5度程度の差があります。もちろん、男性のキーが低いのです。

私が普通Ebで唄う歌だとすると、うちの家内はBbで唄います。これも、アレンジ、フェイクの仕方、つまり唄い方によってもキーが変わります。私自身、同じ歌でもCで唄う場合とEbで唄う場合があるのです。

さて、私の6歳からの友人がいます。ある企業の社長なのですが、そのカミサンが沢田靖司の弟子で、スタンダード・ジャズを唄うのです。10年近く以前の話ですが、彼女に合うキーの譜面を彼がパソコンで作ってやろうと考えました。親切な旦那様です。素人にとって、原譜から自分に合ったキーで譜面を書き直すのは一般に面倒くさいですし、簡単でもありません。

手順1 歌の本から元の譜面をスキャナーからパソコンに入力してやると、読み取ってFinaleの譜面ができるらしいのです。その譜面は編集可能なファイル形式となります。打ち込まなくて良いので便利そうです。Finaleとは楽譜編集のソフトです。

手順2 その譜面を移調して彼女に合うキーに変えてやるのです。このソフトは譜面を再生してMIDI音を出します。当時、会社から電話で「お前、これを聞いてみろ」と聞かせるのです。

手順3 そのキーで彼女は唄ってみます。

手順4 高ければ「もっと低く」逆なら「高く」と、彼女にちょうど良いキーを試行錯誤で決定します。

はい、こうして出来上がった譜面は何と嬰へ長調(F#major)の譜面となりました。曲名は何だったか忘れましたが、2人で西麻布のピアノバーに来てこの譜面をピアニストに渡しました。

「え〜っ!!」

そりゃあビックリします。

大体ジャズでは#系のキーはあまり使われません。大体の管楽器がBb管だとかEb管だとかが多いからです。したがって、オーケストラではパート譜面は楽器固有のキーに合わせて書かれます。トランペットの譜面では、Fの曲はGで書かれます。手馴れた奏者はFで書かれた譜面を見てGのキーで吹きます。移調しながら演奏できるのです。

ジャズミュージシャンはどんなキーでもCメロの譜面を見て演奏してしまいます。しかし、F#なんて#が6個もあります。F#,G#,A#,B,C#,D#,E#,F#でドレミファソラシドとなります。普通は誰でも嫌がります。彼らはそういうことはご存じなかったのです。

50年代にポップコーラスのThe Diamondsが大ヒットさせたLittle Darlin'は何と同音異名のGb長調だったのです。bが6個です。このキーにした理由があるのです。想像がつきますか?私は昔から気がついていました。ピアノの伴奏を聴けばすぐわかることです。何ていうことはない、ただ黒鍵だけでグリサンドをしたかったからです。

パソコンのことを知っていても音楽のことを知らないと、この手のことは上手くいきません。逆も同じです。でも、こういう笑い話のような失敗をすることは貴重な経験といわなければなりません。これと同じ失敗をしでかした人が他にいると思われますか。しかしながら、彼の考えた方法は金はかかりますが、なんとも素晴らしいアイディアだったのです。自分では上手くいってほくそ笑んでいたものと思われます。

この私の友人は、後年、さらに面白い試みをして失敗しています。次のページにあります。


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